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横浜地方裁判所 昭和32年(ワ)430号 判決

原告 合資会社鈴仲製材所 外一名

被告 内山豊 外六名

主文

原告等の請求を棄却する。

訴訟費用は原告等の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は、被告等は原告鈴木のため別紙目録記載の不動産につき横浜地方法務局藤沢出張所昭和二十八年十月十四日、受付第六〇一三号、債権者被告等、同日設定、債権極度額金三百万円、特約債務不履行のときは元金百円につき日歩金十銭の割合による損害金を支払う約の根抵当権設定登記の抹消登記手続をなせ、被告内山(豊)は原告等に対し昭和二十九年十二月二十日原告等振出、金十五万円、満期昭和三十年一月二十日、支払地鎌倉市、振出地藤沢市、支払場所株式会社横浜興信銀行長谷支店、受取人同被告なる約束手形金債権の不存在なることを、被告小泉は原告等に対し、昭和二十九年十二月二十日原告等振出、金六十万円、受取人同被告、その他の記載事項前同様なる約束手形金債権の不存在なることを、被告金子(義)は原告等に対し、昭和二十九年十二月十七日原告等振出、金十七万円、満期昭和三十年一月十七日、受取人同被告、その他の記載事項前同様なる約束手形金債権の不存在なることを、被告山本(き)は昭和二十九年十二月十九日原告等振出、金五十万円、満期昭和三十年一月十九日、受取人同被告、その他の記載事項前同様なる約束手形金債権の不存在なることを、被告金子(盛)は昭和三十年一月四日原告等振出、金五十万円及び金二十九万円何れも満期同年二月四日、受取人同被告、その他の記載事項前同様なる各約束手形金債権の不存在なることを、被告内山(希)は昭和二十九年十二月十二日原告等振出、金四十万円、満期昭和三十年一月二十日、受取人同被告、その他の記載事項前同様なる約束手形金債権の不存在なることを、被告内山(富)は昭和三十年一月一日原告等振出、金十五万円、満期同年二月一日、受取人同被告、その他の記載事前同様なる約束手形金債権の不存在なることを夫々確認する。訴訟費用は被告等の負担とするとの判決を求め、その請求原因として、原告鈴木は原告会社の代表社員訴外内山哲は当時原告会社の経理部長であつたが、右内山は原告会社に対し自己の資金を被告等の名義を以て利息月五分の約定で貸付けた後原告等は

一、昭和二十九年十二月二十日

(イ)、被告内山(豊)に対し金十五万円、満期昭和三十年一月二十日支払地鎌倉市、振出地藤沢市、支払場所横浜興信銀行長谷支店なる約束手形一通を、

(ロ)、被告小泉に対し金六十万円その他の記載事項前同様なる約束手形一通を、

二、昭和二十九年十二月十七日被告金子(義)に対し金十七万円、満期昭和三十年一月十七日その他の記載事項前同様なる約束手形一通を、

三、昭和二十九年十二月十九日被告山本(き)に対し金五十万円満期昭和三十年一月十九日その他の記載事項前同様なる約束手形一通を、

四、昭和三十年一月四日被告金子(盛)に対し金五十万円及び金二十九万円、何れも満期同年二月四日その他の記載事項前同様なる約束手形各一通を、

五、昭和二十九年十二月十二日被告内山(希)に対し金四十万円満期昭和三十年一月二十日その他の記載事項前同様なる約束手形一通を、

六、昭和三十年一月一日被告内山(富)に対し金十五万円満期同年二月一日その他の記載事項前同様なる約束手形一通を

振出し、又別紙目録記載の宅地及び建物は原告鈴木の所有であるが、之より先、訴外内山哲は昭和二十八年六月十四日原告鈴木の代理人として、被告等七名及び訴外内山幸子、同内山市雄、同内山てる及び同内山よし子等との間に別紙目録記載の宅地及び建物につき、同人等を債権者、原告等を連帯債務者とする債権極度額金三百万円、債務不履行のときは日歩金十銭の割合による損害金を支払う旨の特約附の根抵当権設定契約を締結し、同日横浜地方法務局藤沢出張所受附第六〇一三号を以てその登記手続を了した。けれども、

一、右各手形の振出は訴外内山哲がその振出人及び受取人の双方を代理して為したものであるから双方代理禁止の規定に違背し無効であるすなわち、訴外内山哲は当時原告会社経理部長として原告会社の代表者であつた原告鈴木に承認を迫り署名させ自ら原告会社代表者印を押捺したものであり、原告鈴木は内山哲の意の儘にされたもので、右振出行為は実質上内山哲の代理行為といわざるをえない。一方右内山は被告等を代理して本件各約束手形の振出を受けたものである。

仮に、右主張事実が認められなかつたとしても、右各手形の原因関係たる貸金は前記の通り訴外内山哲が自己の資金を被告各自の貸金のごとく装つたものであり、被告等は真の債権者ではないから右各手形はその原因関係を欠き無効である。

仮に、以上の主張が理由がないとしても前記約束手形の原因関係たる金銭消費貸借契約において、被告等は各手形額面の五分を天引してその差額を交付したのであるから、右五分の金額については、消費貸借は成立しなかつたというべきであり、この限度において右各手形金債務は不存在である。次に

二、前記根抵当権設定契約は前記の通り訴外内山哲が一方原告等を代理しながら、他方被告等及び訴外人等四名を代理して為したものであるから、双方代理禁止の規定に違背し、無効であり、したがつて、その登記手続は事実に反して為されたものであるから抹消されるべきものである。

仮に、右双方代理の主張が理由がないとしても、右根抵当権は被告等及び訴外人等四名を併せて十一名の債権者に対し、その合計の債権極度額を金三百万円とする旨の契約であり、右約定によれば右十一名の債権者は各自別々に原告等に対し債権を有することとなるのであつて、一個の債権につき共有ないし、分割債権の関係に立つているわけではない。抵当権は債権に附従するもので債権をはなれて抵当権の存立する根拠はない。それ故各人の債権について根抵当権が設定されるべき筋合であり、各人の債権について債権極度額が協定されていなければならない。しかるに本件根抵当権設定契約については債権極度額として単に債権者十一名全員に対する総額を定めただけで、債権者各個の債権につき極度額の定がないから根抵当権成立の要件を欠き、前記根抵当権設定契約は無効である。

又、仮にかような根抵当権設定契約が有効であつたとするならば、各権利者は各個に平等の割合で根抵当権の債権極度額を有するとしなければならないから、被告等各自は金三百万円の十一分の一たる金二十七万二千七百二十七円の限度で根抵当権を有するにすぎず、右限度を超える被告等の債権についてはその限度を超える部分につき根抵当権の効力は及ばないと解すべきである。

以上の通りであるから、原告鈴木は被告等に対し別紙目録記載の宅地及び建物に対する前記根抵当権設定登記の抹消登記手続を求め、又原告等は被告等に対し前記各手形金債権につきその無効なることの確認を求めるため本訴に及ぶと述べ

立証として、甲第一ないし第七号証、証人鈴木文治、同内山哲、同内山市雄及び同金子コトの各証言並びに、被告内山(豊)、同小泉、同金子(義)、同山本(き)(一回)、同内山(希)、同内山(富)、同金子(盛)及び原告鈴木の各本人尋問の結果を援用し(原告等は昭和三十三年十一月二十五日の本件第十一回口頭弁論期日において証人内山哲及び同内山市雄に対する証拠調の申出を撤回すると述べたが、同証人等の尋問は之に先ち昭和三十二年十一月十三日の本件第五回口頭弁論期日において終了していたから、右撤回は許されない)、乙第一ないし第十号証の成立を認め、第十一号証の一、二は不知と述べた。

被告等訴訟代理人は、原告等の請求を棄却する、訴訟費用は原告等の負担とするとの判決を求め、答弁として、原告等の主張事実中原告鈴木は原告会社の代表社員訴外内山哲は当時原告会社の経理部長であつたこと、被告等と原告会社との間に原告等主張の金銭消費貸借が成立し、被告等はその支払のため原告等からその主張の各約束手形の振出を受けたこと及び原告主張の日に別紙目録記載の不動産につき原告等主張の根抵当権設定契約を締結し、その登記手続を了したことは何れもこれを認める。

けれども、被告等は訴外内山哲の求めにより各自己の資金を原告会社に貸与したものであり、原告主張の約束手形は原告会社代表者である原告鈴木は自己及び会社のため自ら之に署名押印して振出したものである。又、原告等主張の根抵当権の設定契約及び登記手続もまた原告鈴木が自己及び原告会社のため自らなしたものであり、被告等は右手形の振出又は根抵当権設定契約及びその登記手続に関し訴外内山哲に対し代理権をあたえたことはない。

仮に、右各行為が双方代理に基くものであつたとしても、双方の当事者が右内山哲に対し相手方の代理人となることを許容し予め代理させさせる事項を了解してその代理権を与えた場合に該当する。又、仮に、そうでないとしても、各当事者は何れも右代理人の為した行為を追認しておるか又は右は単なる債務の履行にすぎないものである。したがつて前記各行為はいずれもその効力を有する。

原告等は、その主張の理由により本件根抵当権設定契約は無効であるか、被告等各自は金三百万円の十一分の一即ち金二十七万二千七百二十七円の限度根抵当権を有しているのみであると主張するけれども、根抵当権は特定の債権の担保ではなく増減変動する一団の不特定債権を一定限度まで担保するものであるから、この一団の債権が一個人のものだけに限られる必要も又実益もない。この一団の債権は本件においては被告等が原告等に対して有する債権の総和であり、被告等は原告等に対する同順位の共同根抵当権者であるから、その原告等に対する債権につき約定の極度額金三百万円まで各自本件不動産により潜在的、観念的に担保される訳で、これは流動変化する根抵当権の性質上当然である。唯決算期において被告等が現実に優先弁済を受けうる債権の総額が右極度額に止るというだけのことであつて、被告等は各債権につき比例的配当を受けるのであり、決算期における債権者が一人になつた場合には右極度額全部につきその一人が優先弁論を受けることになる。以上の通り被告等は潜在的、観念的に各々右極度額まで債権を担保されているのであつて原告等主張のように被告等各自別に根抵当権を設定したり、内部的に各債権極度額を協定するの必要がない。又被告等は潜在的観念的に平等に金三百万円の極度額につき、各根抵当権を有するのであり、本件根抵当権設定契約によれば、被告等の原告に対する根抵当権の被担保極度額を、単に金三百万円と定めているのであるから、被告等各自の極度額を原告等主張の金額に均分圧縮するの実益が存在しない。

仮に、原告等主張の理由により本件根抵当権設定契約が無効としても当事者たる原告等が自らその無効を主張することは著しく信義誠実の原則に反し許されない。と述べ、

立証として、乙第一ないし第十号証、第十一号証の一、二を提出し、証人内山哲及び同内山市雄の各証言並びに被告山本(き)の本人尋問の結果(二回)を援用し、甲号各証の成立を認めた。

理由

成立につき争がない甲第一、二号証によれば、別紙目録第一ないし第三の宅地及び建物が原告鈴木の所有であることを認めうるけれども、同第四の建物が同原告の所有であることを認めるべき証拠はない。

したがつて、原告鈴木の本訴請求中別紙目録第四の建物に関する部分はその他の点につき判断をなすまでもなく理由のないことが明かである。

原告鈴木が原告会社の代表社員であり、訴外内山哲は当時原告会社の経理部長であつたこと及び被告等と原告会社との間に原告主張の金銭消費貸借が成立し、被告等はその支払のため原告等からその主張の約束手形の振出を受けたことは本件当事者間に争がない。

原告は、右各手形の振出は双方代理禁止の規定に違背して為されたものであり、無効であると主張するから、その振出の経過につき判断すると成立に争がない乙第二ないし第六号証及び同第八ないし第十号証、証人内山哲の証言並びに原告鈴木本人尋問の結果、被告金子(義)、同山本(き)、同内山(希)、同内山(豊)、同小泉、同内山(富)、及び同金子(盛)の各本人尋問の結果によれば、前記各約束手形は前記内山哲が約束手形用紙に金額その他所要事項を記載したうえ振出人欄に原告会社代表者鈴木善五郎の記名捺印をしたものを原告鈴木において承認した後その振出人欄の被告会社代表者の記名捺印に並べて連帯振出人鈴木善五郎と自己の署名をなしその名下に押印して原告等の共同の振出の約束手形を完成し、之を右内山哲に交付し、内山は之を被告山本(き)の場合には原告鈴木と共に同被告代理人訴外浜田三平に対し、その他の被告等の場合には訴外内山哲自ら又は訴外内山市雄を介して之等を被告等に交付したことを認めることができる。尤も、被告内山(豊)の本人尋問の結果中には、原告代理人の「内山哲さんが毎月そういうふうな切替えや利息の取立をやつてくれたんですね」との問に対し、「そうです、やつてくれたのは叔父で私が何も行く必要はないから、内山哲が私の代理でやるからと」という部分があり、又被告内山(希)の本人尋問の結果中には、原告代理人の「誰が仲介に立つたり代理したんですか」との問に対し「内山哲です」と答えた部分があり、いずれも本件約束手形の振出につき右被告等は訴外内山哲をその代理人としたかのような供述をしているけれども、右供述をその前後の供述並びに前記証言及び本人尋問結果と比較検討すれば右供述は右被告等が法律上法律行為の代理とはいかなるものであるかということを正確に理解しないため不用意に用いた言葉であると認めるのが相当であり、之等の供述をとらえて直ちに右手形振出につき訴外内山哲が右被告等の代理人であつたと認定することは困難であり、その他前記各手形が原告等主張の事情の下に振出された事実を認めるに足る証拠はない。そして右認定の事実によれば前記各手形の振出が訴外内山哲の双方代理に基くものとは、とうてい理解することができないから、原告の前記主張は之を採用することはできない。

次に、原告等は、右各約束手形の原因関係たる貸金の真実の貸主は訴外内山哲であり、被告等は真実の貸主ではない。仮にそうでないとしても、右貸金の際各手形額面の五分を天引しその差額を交付したのであり、右五分の金額は利息制限法に反するから、この部分については消費貸借契約は無効であるといいこれを理由として、本件約束手形金債務の全部又はその一部の無効なることを主張する。けれども原告等主張の事実を認めるに足る証拠はない。

次に、原告鈴木主張の日被告等が別紙目録第一ないし第三の宅地及び建物につき原告鈴木主張の根抵当権の設定を受け、その登記手続を了したことは右当事者間に争がない。

原告鈴木は右根抵当権設定契約及びその登記手続はその主張の事情により、双方代理禁止の規定に違背して為されたものであり、無効であると主張するから、この点について判断すると、成立に争がない乙第一号証、証人内山哲及び同内山市雄の各証言並びに原告鈴木の本人尋問の結果によれば、前記根抵当権設定契約は原告鈴木と、被告等代理人訴外内山市雄との間において締結されたものであり、その登記手続もまた同原告と同訴外人間に為されたものであることが明である。被告小泉の本人尋問の結果によれば、右根抵当権設定契約は「内山哲さんに任せました」との部分があるけれども、その前後の供述部分を綜合すれば、右供述部分の存在は右認定を動かすに足らず、他には右認定を覆すに足る証拠はない。右事実によれば、右根抵当権の設定契約及びその登記手続が双方代理に基くものということはできないから、原告鈴木の前記双方代理禁止の規定違反を内容とする主張は之を採用することはできない。

次に、原告鈴木はその主張の理由により右根抵当権の設定契約は無効である。仮にそうでないとすれば、被告等は各自金二十七万二千七百二十七円の限度で根抵当権を有するのみであると主張する。けれども、根抵当権はその性質上初めから多数の債権の存在することを前提とするものであり、かような債権はその全部が一団の債権として取扱われ、この一団の被担保債権の総額が将来において増減変動し、或るときは極度額を超え或るときはそれ以下となることは当然に予想されておるのであつて、この増減変動する多数債権の総和を一定の時期すなわち、いわば決算期において極度額まで担保せしめようとするものである。したがつて、根抵当権設定契約により定められた期間内に生じた債権である以上その発生の前後をとわず、又その総計が極度額を超えた場合においてもその全部が担保の目的となるのであるから、根抵当権設定後或る時期に総債権の額が極度額に達したときでもその後に発生する債権は担保されないということはできない。唯抵当権の実行により競売々得金から受ける配当は極度額をこえることができないという制約を受けるだけのことである。それ故、根抵当権により担保せられる各個の債権の帰属者が一名に限られなければならない理由はなく、又被担保債権の帰属者が多数である場合に債権者各自につき債権の極度額を定めることは必要でなく、且かような約定のない場合において債権者各自は平等の割合で、すなわち、その員数を以て極度額を除したその一の金額の限度において根抵当権を有するのみであると解しなければならないこともない。

以上の通り、原告等の主張はいずれもその理由がないから、原告等の本訴請求はこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条及び第九十三条第一項本文を適用し主文の通り判決する。

(裁判官 松尾巖)

目録

一、藤沢市片瀬字下之谷二千九百二十七番の一

宅地 二百七十三坪四合

二、同二千九百二十七番、家屋番号片瀬九〇六番の二

木造亜鉛メツキ鋼板葺平家工場

建坪 十五坪

附属

木造瓦葺平家居宅兼事務所

建坪 十五坪

木造亜鉛メツキ鋼板葺平家浴室

建坪 四坪

三、同、家屋番号片瀬九〇六番の三

木造亜鉛メツキ鋼板葺平家物置

建坪 十一坪二合五勺

四、藤沢市川名字原三百七十六番、家屋番号川名二七三番の四

木造亜鉛メツキ鋼板葺二階家居宅

建坪 十五坪外二階五坪

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